小学生の国語について

最近、国語について思うところがある。


突然ですが問題です。

「今日は空が晴れている」の主語はなんでしょうか?

正解は「空が」なのだけれど、多くの小中学生が「今日は」だと答える。


なぜそう答えてしまうのか。

生徒たちは、主語には「~は」「~が」という助詞がくっつくことは習っているのだが、その両方が出現する文章の場合、「が」に言い換えて述語とつなげたときに自然なものが主語である、という基本を知らないのだ。

わかりやすく言えば、「今日晴れている」は変だけれど、「空晴れている」は自然、というわけだ。

これは当然、基本中の基本であるから習っていないといけないのだけれど、生徒にそれを教えると、「習っていない」と必ず言う。

もっといえば、主語にくっつくのは「~も」「~こそ」などもあるのだが、当然知らない。


主語だけでもこの有様なのだから、当然、述語4種類「~がどうする」「~がどんなだ」「~がなんだ」「~がある,いる」を見分けることもままならない。

また、修飾語がどの言葉を修飾しているのかも曖昧であるし、そもそもどれが修飾語なのか分からない。

修飾語のうち、形容詞と形容動詞を見分けることもできないので「きたない」と「きれい」のどちらが形容動詞?という質問も、ほとんどあてずっぽうで答えてくる。

言い切りの形が「~い」である「きたない」が形容詞、「~だ」になる「きれい」のほうが形容動詞(正確には形容動詞の語幹)だと知らない。

さらには、「比喩」「対句」「倒置」などの表現技法もほとんどしらない。超ぼんやりとしか分からない。



なぜこのような状態になっているのか。

相当な割合で、公立の小学校では国語の文法にはほとんど触れず、ましてや定着させるための訓練を行っていないのだろう。

「文章を読んで、登場人物の心情をとらえること」「漢字の読み書き」の練習ばかりなのだ。

いや、うちは文法をしっかり教えている!という小学校の先生もいらっしゃるかもしれないが、少なくとも自分の知る公立小学校の生徒で、塾に通うことなく文法の基礎ができている生徒を見たことがない。


だがこれは、決して小学校の先生の怠慢ではない。

学校行事の多様化、そして、科目の多様化(英語の導入など)が原因だろう。

教える暇がない、定着させる暇がない、というのが原因だと私は考えている。


ひょっとすると中学校の先生方は日々「え、こんな文法の基本を知らないのか」と、日々狼狽していらっしゃるのかもしれない。

そう、公立中学の生徒たちも国語の文法に極めて弱い。

小学校における文法の指導がほとんどないのであれば、当然だ。

これは少なくとも鳥取市においては間違いない。


本来、塾業界にはタブーがある。

学校批判をすること、だ。

けれど私は臆さず言おう。

鳥取の、あるいは全国の小学校のカリキュラムを見直さないと、ずっとこんなことが続く。

これは学校批判というよりも、文部科学省への批判だ。

もしかすると、小学校の先生が最も歯がゆい思いをしているのかもしれない。

というか、学校の先生忙し過ぎでしょう。

そのくせ責任ばかりが大きいのでは、誰も教員になりたがらない。

もっと指導に専念できる環境を。教育は国の基盤です。


というわけで、平井知事、ご一考いただけましたら幸いです。

「国語力の鳥取県」

良いと思います。

将来は大物小説家を多数輩出できるように専門学科もつくっちゃいましょうぜ。